11月11日に放送される金曜ロードショーの
「紅の豚」。映画公開が1992年でしたので、
もう24年も昔の映画になるんですね~

 

予告編のCMもありますが、
開始10秒からはじまるあの名セリフが渋いです!

引用元 日テレ公式youtubeチャンネル

 

 

「飛ばねえ豚はただの豚だ」

 

なんていう名言もありましたが、
この映画で注目したいところは、
ポルコは人間の姿に戻ったのか?

 

そしてジーナとは結ばれたのか?
今回はそんなところに迫っていきたいと
思います!

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紅の豚 ポルコはイケメンでかっこいい!

 

2016-11-10_084324

引用元 http://gifmagazine.net/post_images/863246

 

 

元々はルックスもイケメンで、
立ち振る舞いも紳士的だったポルコ。

 

劇中でも人間の姿が(ちょっとだけ)
公開されていますが、
男前な感じがしますね。

 

豚の姿になってからは、
外見は変わってしまったものの、
それでも立ち振る舞いがクールなので、
どことなくイケメンに感じてしまいますね(笑)

 

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Twitterでも、ポルコがいかに
かっこいい人物だったのかについて
つぶやかれていますね!!

 

引用元 goo.gl/PCKziB

 

 

引用元 goo.gl/PCKziB

 

 

 

引用元 goo.gl/PCKziB

 

紅の豚 ポルコが人間の姿を捨てた理由とは?

紅の豚の主人公のポルコは、
元々マルコ・バゴットという名の
イタリア空軍のエースパイロットでした。

パイロットとしての腕は優秀で、
「英雄」と謳われるほどでした。

しかし、一方では多くの仲間が戦死してしまい、
そのなかにはベルリーニという古くからの仲間や、
マダム・ジーナの1人目の夫もいました。

そんなことがあって、多くの仲間が
戦死していったのに助けることができず、
自分だけが生き残ってしまったことに、
自分を責め続けていたようです。

 

また、イタリア語では「豚」とは、
「侮辱」や「軽蔑」といった意味をなすようで、
本当は戦争なんてしたくないのに、

他国と争うことをして、そして
愛する人を守れなかったという
自責の念から、

不思議な現象が起こり、
豚となってしまったようです。

この豚の姿というのは、
ポルコ自身にとっての戒めであり、
自責の念によって生まれた変化なのでしょう。

映画のラストでは人間に戻るような
シーンもありますが、

豚となることで、愛する人や
仲間を守ることができなかったという
自分の無念さを語ることがある種の
罪滅ぼしみたいなものなんでしょう。

また、戦争をするといったような
武力行使をするようなところに、
人間の醜さを感じたのでしょう。

一方で、そんなやさぐれてしまったポルコの心を
癒してくれる存在に出会います。

それが、フィオという少女との出会いでした。

 

ポルコが人間に戻ったのは
フィオの真っすぐな人柄によるものだった!

 

フィオという少女は、人を疑うことなく
真っすぐな性格で、何事も一生懸命に
取り組む素直な人物でした。

そんなところにポルコは
心を打たれ、凍てついた心を
溶かしてくれるきっかけになったようです。

そんなところから、なかなか自責の念を
拭うことはできなかったものの、
自然と人間の姿に戻ることができたようです。

とはいえ、ポルコが人間の姿に戻ったのは、
一時的なもののようなので、
完全に心の傷が癒えたわけではなさそうです。

ポルコが人間に戻るには、
心の傷が完全に癒されない限りは
難しいのでしょうね・・・

 

また、ポルコ本人も人間にもどるような
つもりはなさそうな気もします。

人間の醜い部分を見てしまった
心の傷はなかなか癒えることはないでしょう。

 

そして、見どころのひとつとして、
ジーナとの恋の行方というところもありますが、
まとめてみました!

 

 

紅の豚 ジーナとはどうなった?

 

映画の中では、ジーナと結ばれるような
シーンはありませんでした。

ポルコ自身なかなか気持ちを
打ち明けることに戸惑いも
感じていたようにも感じます。

 

 

しかし、ジーナが劇中で、

 

「私がこの庭にいるとき、その人が訪ねてきたら、
今度こそ愛そうって決めてるの。」

 

と発言していることから、
ジーナもまんざらではなかったのかな
と思います。

 

 

しかし、ジブリ映画のなかでは
珍しく大人な内容のストーリーです。

また、ポルコ自身も複雑な
人生を送ってきたので、

簡単に人間に戻って、ジーナと結ばれて
ハッピーエンドなんていう展開には
ならないだろうなと思います。

もちろん、最終期には結ばれることに
なるのでしょうけど、
劇中ではぼかしている感じがします。

映画のラストでは、ジーナが待つ庭に
ポルコの飛行機が止まっているのが
見えるので、

さりげなく恋の行方を物語っているのだな
というふうに感じました。

 

まあ、恋の行方はご想像にお任せします
といった制作側の意図があるのかもしれません。

 

お互い惹かれあっているにもかかわらず、
つかず離れずという関係
暫くの間続いていくのかなと思います。

 

不思議なもので、いつ観ても
色あせないというか、
古臭さを感じさせませんよね。

金曜ロードショーはいつもいいタイミングで
放送してきますから、ついつい見入ってしまいます!

なんだか人間臭い感じがして
共感できるところもあり、泣けてきますよね!

 

フィオとジーナの違いについて考察

 

個人的には、フィオとキスをしたにもかかわらず、
ポルコとは結ばれなかったというのが、
また大人の展開なのかなという感じもします。

 

ま、フィオは劇中での年齢は
17歳でしたから、ポルコとは年齢差があるし、
やむを得ないところではあるでしょうけど。

 

同じヒロインであるジーナとフィオとでは、
キャラクターが対照的なところも、
面白さを引き出すポイントなのかなとは思いますね。

 

 

ジーナの人物像

ジーナは落ち着きのある大人の女性
という感じではあるものの、どこか心に
影がある人物です。

これまで、最愛の人と3度も
死別しています。

ですから、自分が愛した人とは
結ばれることがないものと
考えてしまっているところがありました・・・

 

ポルコとは幼馴染ということですが、
お互いにどこか惹かれあっているものの、
それを表に出してアピールするということは、
していなかったようです・・・

 

フィオの人物像

17歳の女の子ながら飛行艇設計技師という
男くさい仕事をしています。

最初は若くて、しかも女の子だから
という理由でポルコから修理を
断られていたものの、

後にその腕前を認められるほどの
スキルをもちあわせていました。

また、物事を前向きにとらえるところは、
若さゆえのところもあるかもしれませんが、

そういったとことにポルコの傷ついた心を
癒やしてくれるところがあり、

人間も捨てたもんじゃないなと
考えを変えるきっかけになったほどです。

フィオのキャラは、宮崎アニメに登場する
女の子キャラとしてはぴったりな
存在でもあるし、

大人すぎる内容に対して、
良いアクセントになったのでは
ないかと思います。

 

 

 

結論

ジーナもフィオも対照的なキャラではあるものの、
空賊たちからモテモテであることや、
ポルコに思いを寄せているところは
共通していると思われます。

 

しかしながら、ジーナとフィオが
ライバル視しているような場面はありません。

 

またそういったところも
想像力を掻き立てる要素となって
面白さが倍増していくのかもしれませんね!