元中日ドラゴンズや阪神タイガースの監督で
現在は楽天イーグルスの球団副会長でもある
星野仙一さんが亡くなったとの報道が流れてきました。

 

年末にはサッチーこと
野村沙知代さんが85歳で
亡くなったのが記憶に新しいところです。

 

死因は明らかにされていませんが
これまでに病気を患っていて
激やせしていたこともあったそうです。

 

そこで今回は、そんな星野仙一さんの
死去の原因となった死因について
取りあげていきたいと思います。

 

 

 

星野仙一のプロフィール

 

 

【出身地】岡山県児島郡福田町
(現・倉敷市)
【生年月日】 1947年1月22日
【身長】180cm
【体重】80kg

引用元 wikipedia

 

 

1947年1月22日に岡山県倉敷市生まれ。

高校時代は岡山東商業又は岡山県立倉敷工業高等学校
への進学を希望していましたが、

岡山県立倉敷商業高等学校の野球部部長から
「甲子園に君の力で連れていって欲しい」と
口説かれたために、倉敷商業高校に進学。

高校卒業後は、東京ならば早稲田で
大阪ならば関西大学に進学を考えていましたが、
倉敷商業の監督から「おれの母校に行け」と
勧められて明治大学へ進学。

 

 

1968年のプロ野球ドラフト会議で、
星野仙一さんは阪神タイガースファン
だったそうですが、

阪神と明治大学の関係が悪かったことから
当初は阪神に指名されていたら
社会人野球に行くことも考えていたとか。

結果的には中日ドラゴンズから
 1位指名を受け入団します。

ちなみに選手時代のポジションは
投手でした。

1986年に中日ドラゴンズに監督として
初就任しましたが、
その当時は「闘将」「燃える男」として
熱血指導が注目されていました。

時には「鉄拳制裁」も辞さなかったようですが、
さすがに既婚者の選手に暴力をふるうことは
なかったそうです。

未だに星野仙一イコール
阪神タイガース監督という
イメージが抜けきれませんが、

中日ドラゴンズの監督を辞めた後は
阪神タイガースの監督を務めたり
北京オリンピック野球の日本代表監督、

そして東北楽天イーグルスの監督を
務め、楽天イーグルスでは現在
取締役副会長を務めるほどになっています。

 

星野仙一が死去!気になる死因とは?激やせの噂もあった!

 

星野仙一さんが死去したという
報道が流れてきましたが、
具体的な死因については
まだ明かされていないようです。

関係者の話によると
死因はがんによるものではないかと
言われています。

抗がん剤の治療などを行って
いたころから体が衰弱していたのでは
ないかと考えられます。

一方で年末の時点では
球団のイベントに参加していたり
家族でのハワイ旅行も計画していた
ということなので、

本人を含んだ誰もが死去については
予測できなかったものと思われます。


またいっぴうで膵臓がんや糖尿病なども
わずらっていたということですが、
特に自覚症状はなかったそうです。

しかし、抗がん剤を投与したことで
激やせしていたことも関係しているのかなと
予想します。

抗がん剤投与によって
身体の免疫力が落ちてしまい、

ちょっとした風邪でも
ダメージが大きかったのかなと
予想されます。

 

 

星野仙一の死因は今後明かされるのか?

 

星野仙一さんが死去するという、
未だに信じられない報道が
流れてきたわけですが、

今のところはまだ死因について
明かされていません。

今後明らかとなる可能性も
ありますので、わかりしだい
追記していきたいと思います。

 

【追記】

星野仙一さんの死因が明かされました!
気になる死因はすい臓がんとのこと。

改めてご冥福をお祈り申し上げます。

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