4月4日に行われた大相撲の舞鶴場所で
舞鶴市長である多々見良三氏が土俵で
倒れたということで話題になっています。

また、多々見良三市長が倒れたことで
女性医師が救命措置を取ろうとしたところ、
「土俵を降りろ」というアナウンスがあったことで
物議を醸しているようです。

そこで今回は、多々見良三市長のその後や
介抱した女性に対して土俵を降りろと
アナウンスしたことも、

なぜそうなったのかについて取り上げて
いきたいと思います。

 

スポンサーリンク

 

 

多々見良三市長 プロフィール

【生年月日】1950年8月2日
【出生地】石川県かほく市
【前職】舞鶴共済病院院長、金沢大学医学部臨床教授

金沢大学医学部医学科卒業後は
同じ大学の大学院医学研究科博士課程終了を
経た後には1980年に同じ大学の第内科に
入局しています。

脂質代謝の研究を行って、
1982年に舞鶴共済病院に内科医院として
赴任しました。

1982年以降は、舞鶴共済病院にて
地域の医療を支えながら、
専門領域でもある循環器科心カテーテル術にて
京都府1位、近畿地区でも5位というほどの
手術ができるスゴ腕でした。

 

2003年には市立舞鶴市民病院にて
医師が大量に退職されたときも
舞鶴地区の地域医療に尽力して
2005年には病院長に就くことに。

 

しかし、4つの総合病院を統合させて
ひとつの病院として再編させる案に対して
反発したことで委員を辞めて
舞鶴共済病院も再編案から離脱しています。

2010年になると舞鶴市長選に出馬表明をして、
舞鶴共済病院を退職します。
2011年2月に行われた舞鶴市長選では、
第20代舞鶴市長として当選します。

 

2015年2月に再び舞鶴市長選に
立候補したときには民主党や自由民主党の
推薦を受けて再当選を果たしています。

スポンサーリンク

 

【動画】多々見良三市長が土俵で倒れ、女性医師が介抱に向かう際、追い出されてしまう。

2018年4月4日に行われた
大相撲舞鶴場所にて、土俵の上で
多々見良三市長が挨拶をしているときに
倒れてしまいました・・・

 

その後、複数の女性が土俵に上がり、
心臓マッサージを行うなどして
迅速な対応をしていました。

しかし、そんな緊急事態をしていたにも
かかわらず「土俵は女性禁制」とでも言わんばかりに
土俵から降りすようにとアナウンスが繰り返されました。

このことで人の命がかかっているような
状況になっているにも関わらず、
女性差別というか、古い考え方を
押し付けるのかという批判が殺到しました。

このことで批判が殺到したことで、
相撲協会もさすがにやり過ぎだと
判断したのか、謝罪のコメントを
出していた模様。

 

多々見良三市長のその後は?

下のツイートにもあるように、
多々見良三市長はくも膜下出血のために
約1か月の入院を要することになりました。

 

今回多々見良三市長が倒れたことで
色んな問題が浮き彫りになりましたが、
命に別条がなかったことは不幸中の幸いだったなと。